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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)12448号 判決

原告

大八木喜太郎

被告

日南工業株式会社

主文

1  被告は、原告に対し、金613万8907円及び右金員に対する昭和54年1月1日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、767万643円及びこれに対する昭和54年1月1日から支払すみまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 原告は、左記のとおり実用新案登録出願をなし、その登録を受けた(以下、右登録にかかる実用新案権を「本件実用新案権」、その考案を「本件考案」という。)。

名称 エレクトリックフラッシュ用トリガコイル

出願日 昭和40年12月22日

公告日 昭和43年7月9日

登録日 昭和51年4月23日

登録番号 第1125814号

2  本件考案の実用新案登録出願の願書に添附した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は次のとおりである。

「固有抵抗が高く、500KC/S前後の周波数範囲に於いて損失の少ない棒状フエライトコア2に1次コイル3及び2次コイル4を絶縁材料製ボビンを介挿せずに巻回し、高圧端子5及び低圧端子6を前記フエライトコア2の両端にあけた孔内に埋込んだことを特徴とするエレクトリックフラッシュ用トリガコイル。」

3(1)  本件考案の構成要件は次のとおりである。

(a) 固有抵抗が高く500KC/S前後の周波数範囲に於いて損失の少い棒状フエライトコアを用いること

(b) 右フエライトコアに1次コイル及び2次コイルを絶縁材料製ボビンを介挿せずに巻回すること

(c) 高圧端子及び低圧端子を前記フエライトコアの両端にあけた孔内に埋込んであること

(d) エレクトリックフラッシュ用トリガコイルであること

(2)  従来技術と本件考案の作用効果

(1) 従来のエレクトリックフラッシュ用トリガコイルは

① 絶縁材料製ボビンの上に単巻型低圧1次コイルを巻き

② 更にその上に蜂の巣型高圧2次コイルを巻き

③ ボビンの中空筒体内にフエライトコアを挿入する

④ ボビンには更に一端にフランジ部分を形成し、これに3本の端子を取り付け

⑤ これらの端子に1次コイル及び2次コイルの巻回線をはんだ付けする

という構成をとっていた。

上構成においては、2次コイルが相当な高圧を発生するため、各端子相互間及びこれら端子と1次コイル、2次コイルとの間をあまり接近させることができず、全体の構造を小型化することが極めて難しいという欠点があった。

(2) 本件考案は、前記構成を採用することによって、右欠点を解決し、その結果

① フエライトコアの上に1次コイル及び2次コイルを直接巻回することができ、これらコイル相互間の磁気結合係数を大きくすることができるので1次コイル巻回数対2次コイル巻回数の比を従来のものより10パーセント程度小さくしても同様の性能が得られる。

② 高圧端子と低圧端子との間及び高圧端子と1次コイル、2次コイルとの間の絶縁も十分満足なものであり、絶縁材料製ボビンを必要としないから、全体の構造も従来のものに比べて3分の1程度に小型化することができる。

という作用効果を奏する。

4  被告は、別紙目録(1)ないし(4)記載のエレクトリックフラッシュ用トリガコイル(以下、順次「被告(1)製品」等といい、合わせて「被告各製品」という。)を製造販売した。

5  被告各製品の構成は次のとおりである(番号は別紙目録(1)ないし(4)記載の番号を指す。)

(a)' 固有抵抗が高く500KC/S前後の周波数範囲において損失の少ない棒状フエライトコア2を用いること

(b)' 直径0.23ミリメートル(被告(4)製品では直径0.26ミリメートル)のポリウレタン線の1次コイル3を巻回したうえに、直径0.06ミリメートルのテトロン巻線がハネカム巻とされた(被告(4)製品では直径0.08ミリメートルのセメントワイヤーが整列密着巻きとされた)2次コイル4を持つ厚さ0.3ミリメートルの紙ボビン1(被告(4)製品では厚さ0.5ミリメートルの鍔つき合成樹脂製ボビン1)が緩挿されている。

(c)' 右フエライトコア2の上端にあけられた孔内に高圧端子5が埋込まれ、下端にあけられた孔内に低圧端子6が埋込まれている。

(d)' エレクトリックフラッシュ用トリガコイルであること

6  本件考案の構成要件と被告各製品の構成とを対比すれば次のとおりである。

(1)  被告各製品の構成(a)'、(c)'、(d)'は、本件考案の構成要件(a)、(c)、(d)とそれぞれ同一である。

(2)  被告各製品の構成(b)'は本件考案の構成要件(b)と実質的に同一である。すなわち、

(1) 本件考案の構成要件(b)にいう「絶縁材料製ボビン」とは、既知のトリガコイルにおいてコアと1次コイルの間に介挿されていた端子を引き出すためのフランジを設けた絶縁材料製ボビンを指すのであって、既知のトリガコイルにおいても1次コイルと2次コイルとの間に製造工程上の便宜のために設けられていた紙テープのようなものを指すものではない。

(2) 被告各製品のコアと1次コイルとの間には上のボビンは介挿されていない。

(3) 被告各製品の1次コイルと2次コイルとの間にはボビンが介挿されているが、上ボビンは、コアと1次コイルの絶縁のために設けられたものではなく、既知のトリガコイルにおいて1次コイルと2次コイルとの間に介挿されていた紙テープの様なもので、製造工程上の便宜のために設けられたものにすぎない。

被告各製品のように、1次コイルと2次コイルの間に厚紙絶縁体や合成樹脂円筒体を介挿することは本件考案を実施するにあたり、その効果に影響のない構成を付加した程度のものにすぎない

以上のとおり、被告各製品は、いずれも本件考案の構成要件をすべて充足しており、本件考案の技術的範囲に属する。

7(1)  原告は、被告の被告各製品の製造販売行為により実施料相当の損害(失)を被り、被告は、これと同額を法律上の原因なくして利得した。

(2)  被告は、昭和44年1月1日から昭和53年12月の末日までの間に、別紙目録(5)の製造販売個数欄記載のとおり被告各製品を製造販売し、各年度ごとに同目録売上額欄記載の売上額を得た。

(3)  ところで、本件考案の実施に対して通常受けるべき金銭の額は、同目録売上額欄記載の各年度ごとの売上額の5%に相当する額が相当といえる。右によると、原告の損害額は、同目録実施料相当額欄記載の金額の合計額767万643円ということになる。

8  以上の理由により、原告は、被告に対し不法行為に基づく損害賠償もしくは不等利得の返還請求として767万643円及びこれに対する昭和54年1月1日から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求の原因に対する認否

1 請求の原因1ないし5は認める。

2 同6(1)は認める。(2)は否認する。

3 同7(2)は認める。(1)、(3)は否認する。

3 被告の主張

被告各製品の構成(b)'は、いずれも本件考案の構成要件(b)を充足しない。

その理由は、以下のとおりである。

1(1) 本件考案の第1の目的がエレクトリックフラッシュ用トリガコイルの全体の構造を相当程度小型化することにあり、第2の目的がその電気的性能を従来のものに比べて優れたものにすることにあることは、本件明細書の考案の詳細な説明中に「本考案の目的は斯かる欠点を除去し、全体の構造を相当程度小型化することができ且つ電気的性能も従来のものに比べて優れた上述した種類のエレクトリックフラッシュ用トリガコイルを得んとするにある。」(本件公報第1頁左欄38行ないし42行)と記載されていることによって明らかである。

(2) 本件考案が前記2つの目的を達成するために採用した解決手段とその効果は、次のとおりである。

(1)  第1の目的を達成するために採用した解決手段

本件考案においては、固有抵抗が高いフエライトコアを採用し、高圧端子及び低圧端子をフエライトコアの両端にあけた孔内に埋込んだので、端子を取付けるフランジを取除くことができ、また、固有抵抗が高いフエライトコアを採用したので1次コイル及び2次コイルをボビンを取り除いてフエライトコアに直接巻回することができるので、その結果小型化の目的が達成された。

ところで、本件明細書に従来技術の実例として記載されているものは、コアと1次コイル間にフランジ付きのボビンを設けたものであるが、本件考案の視点から従来技術の技術思想を見る場合には、ボビンとフランジとが一体化されたもののみを考えるべきではない。

およそ、ボビンとは電線を巻いてコイルを作る円形の筒であり、フランジはボビンとは節を異にするものである。そして、トリガコイル用のボビンは電線を何百回も巻回するものであり、相当大きい力が加わるのでその素材は固く丈夫なものであることを必要とし、したがって、厚さも必然的に大きくなる。ボビンが右のように電線を巻いてコイルを作る円形の筒であって、フランジとは別異なものであることは、実公昭32―11173号公報及び実公昭37―26850号公報によって明らかである。すなわち、トリガコイルにおいては、2次コイルの高圧側のリード線とコア間の絶縁破壊の問題があるので、右リード線がコアに接触しないように端子の位置が工夫されてきているが、本件公報の第1図のように、ボビンにフランジを設けて端子をフランジに備える方法もあるけれども、前掲公報のように端子の取付位置をフランジ以外の他の個所に求める例もあるのであって、ボビンはフランジを必然的に伴うものではない。そうであるから、本件考案において、従来技術の実例として記載されているフランジ付きのボビンは、本質的に異なるボビンとフランジがたまたま一体化されているに過ぎないのであって、本件考案が小型化のために採用した手段はボビンとフランジとを廃止することであって、フランジ付きボビンに限ってこれを廃止することではない。換言すれば、小型化のためにフランジを取除く丈でもある程度の目的を達成することができる(本件公報第1図のものから、フランジ部分のみを取除いて端子はフエライトコアに埋込めばよい。そのようにすれば、フエライトコアと1次コイル間にボビンが存在し、端子はフエライトコアに埋込まれたものとなる)のであるが、本件考案においては、更に小型化を徹底するためボビンをも取除いたのである。

(2)  第2の目的を達成するために採用した解決手段

本件考案においては、電気的性能を良くするため、ボビンを取除き、コアに1次コイル及び2次コイルを絶縁材料製ボビンを介挿せずに巻回した(フランジを取除いても電気的には全く影響がないのであって、フランジを取除いた効果は小型化である。)。考案の詳細な説明の項にはフエライトコアの「上に1次コイル3及び2次コイル4を直接巻回することができるため、これらコイル相互間の磁気結合係数が大きくなり1次コイル巻回数対2次コイル巻回数の比を従来のものより10%程度小さくしても同様の性能が得られる」(本件公報第1頁右欄37行ないし42行)と記載されており、右の記載は、1次コイル及び2次コイルのいずれもがボビンを介挿せずにコアに巻回できるため磁気結合係数が大きくなり、それが本件考案の第2の目的である電気的性能を良くする理由であることを明らかにしている。

(3) なお、本件考案の出願前において、1次コイルの上に厚さ0.05ミリ程度の紙テープを巻き、その上に2次コイルを巻回することが行われていたことは事実であるが、右紙テープを巻くのは、蜂の巣型2次コイルを巻回するに際してその型くずれを防止するという製造上の便宜のためであった。

ところで、本件明細書においては、斯かるテープにつき言及していないけれども、その考案の詳細な説明の項の「1次コイル3及び2次コイル4をフエライトコア2上に直接巻回する」との表現(実用新案登録請求の範囲には、同じ意味を「1次コイル3及び2次コイル4を絶縁材料製ボビンを介挿せずに巻回し」と表現している。)との関連を検討すれば、本件考案が1次コイルと2次コイルの間にテープが存在しない技術に関する考案であるとしても、また、右のテープの存在を当然の如く前提にした技術に関する考案であるとしても、小型化と電気的性能の改良を目的とする本件考案を論ずる場合においては、テープの有無は考慮外に置いて論ずることが可能であり、それで十分であることがわかる。

(4) 以上のことからすれば、本件考案の構成要件(b)に「フエライトコアに1次コイル及び2次コイルを絶縁材料製ボビンを介挿せずに巻回する」とは、1次コイル及び2次コイルのいずれをもボビンを介挿せずにコアに巻回する、という構成であることが明らかである。

2(1) しかして、被告各製品においては、1次コイルはフエライトコアに直接巻回されているが、2次コイルは紙ボビン(被告(1)、(2)、(3)製品)または鍔つき合成樹脂製ボビン(被告(4)製品)に巻回され、その紙ボビンもしくは合成樹脂製ボビンが前記の1次コイルのうえに緩挿されている。したがって、被告各製品は、1次コイル及び2次コイルのいずれもが絶縁材料製ボビンを介挿せずにコアに巻回されるという本件考案の構成要件(b)を充足しない。

(2) 被告各製品が1次コイルと2次コイルの間にボビンを設けた理由は、ボビンを設けると電気的性能(磁気結合係数)が悪化し、かつ大型化するという短所があるが、これを犠牲にしても次のような長所が存在するためである。

(1)  まず、製造工程上の便宜のためである。すなわち、1次コイルの上に直接に2次コイルを巻回することは作業に手数がかかり、かつ時間のロスが大きい。これに対して、コアに1次コイルを巻回する作業とボビンに2次コイルを巻回する作業とを分離し、できあがった両者の製品を結合する製造方法によるときは、作業時間を短縮することができるばかりでなく、1次コイルの上に2次コイルを巻回するという手数を要する作業を回避することができて合理的である(しかしながら、ボビンを用いるので、本件考案が意図した電気的性能の改善と小型化は望めないし、ボビン(2次コイルを巻回したもの)を1次コイルの上に挿入する場合に1次コイルのコア上の位置がずれないようにするため無理なく挿入できるように多少余裕を与えているので(緩挿)この点においても一層大型になるという欠陥がある。)。

(2)  ボビンを用いて2次コイルを巻くときは1次コイルの巻幅よりも2次コイルの巻幅を広くすることも可能である。これに対して、1次コイルの上に単に紙テープを巻きその上に2次コイルを巻くときは、1次コイルの巻幅より2次コイルの巻幅を広くしようとしても、紙テープが薄いため2次コイルは巻きくずれが生じてしまい巻幅を広くすることはできない。したがって、ボビンを用いる場合には、トリガコイルの形態の設計を自由に選択することができるという長所がある。

(3)  ボビンを用いて2次コイルを巻くときは、巻線機の保持軸にボビンを挿して巻線を行うことができるから、コアの軸芯方向の長さ一杯近くまでこれを巻くことができる。これに対して、コア自体に1次コイルを巻き、その上に2次コイルを巻くために、コアの一端を把持して線を巻くのでコアの端部まで線を巻くことはできない。

(4)  従来の固有抵抗が低いコアを用いたトリガコイルにおいて解決すべき課題とされたのは、コアと2次コイル間、1次コイルと2次コイル間の絶縁破壊の発生防止であり、被告各製品ではボビンによってこれを解決した。

(5)  トリガコイルにおいては、2次コイルの高圧側の引出線が2次コイルの巻き始めの部分もしくは1次コイルと接触すると絶縁破壊が生じる。ところで、トリガコイルの製作は、多くは家庭の主婦が内職として手仕事で作業するが、その際、2次コイルの巻き終りの部分から細い引出線を引出してこれを端子に巻き付けるのであるが、引出線を強く引き過ぎると引出線が折損することもあって僅かの余裕を残さねばならないため、実際の作業においてはたるみを取り過ぎることが時々生ずる。しかし、たるみを取り過ぎると、それは2次コイルの巻き始めの部分もしくは1次コイルに接することになり、絶縁破壊が生じる。この問題は現実の作業上において無視できない問題である。

これに対して、被告製品のボビンは、2次コイルの巻幅よりも長くし、殆んどコアの長さと等しいものとなし(被告(1)、(2)、(3)製品)、あるいは2次コイルの端部を覆うように大きな鍔を張り出させ(被告(4)製品)、それによって引出線とコイル間の絶縁の保持を図っている。しかして、このようにボビンの形状を大きくすることについて意を介していないことは、本件考案の企図するボビンを廃止してトリガコイルの小型化を図り併せて電気的性能の向上を図るという技術思想に立っていないことを如実に示している。

以上のように、被告各製品は、いずれも本件考案の構成要件(b)を具備しておらず、本件考案の技術的範囲に属しない。

4 抗弁

仮に被告(1)製品に関する損害賠償請求権を原告が有するとしても、上損害賠償請求は遅くとも昭和49年1月1日から行使することができたのであるから、出訴提起時までに3年が経過している。

原告は、上消滅時効を援用する。

5 抗弁に対する認否

認める。

第3証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし5の事実は当事者間に争いがない。

2  上争いのない実用新案登録請求の範囲の記載と成立に争いのない甲第2号証(本件実用新案公報、別添実用新案公報と同じ)によると、本件考案の構成要件は、請求の原因3(1)の(a)ないし(d)からなるものと認められる。

3  被告各製品の構造を表示するものであることについて当事者間に争いのない別紙目録(1)ないし(4)の記載及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告各製品の構成は、請求の原因5(a)'ないし(d)'からなるものと認められる。

4  被告各製品の上構成と本件考案の前記構成要件を対比すると、被告各製品の構成(a)'、(c)'、(d)'は本件考案の構成要件(a)、(c)、(d)と同一であると認められる。

そこで、被告各製品の構成(b)'が本件考案の構成要件(b)を充足するかどうかを考察する。

1 前掲甲第2号証によれば、本件明細書の考案の詳細な説明の項には、まず、本件考案がカメラに使用するエレクトリックフラッシュ用トリガコイルに関する考案である旨を説明する記載に続いて「この種既知のトリガコイルは第1図に示す様に絶縁材料製ボビン1の上に単巻型低圧1次コイル3を巻き、更にその上に蜂の巣型高圧2次コイル4を巻く。ボビン1の中空円筒内にフエライトコア2を挿入する。ボビン1には、更に一端にフランジ部分を形成し、これに3本の端子5、6、7を取付け、これら端子に1次コイル3及び2次コイル4の巻回線終端をはんだ付けする。」(公報第1頁左欄26ないし33行)と既知のエレクトリックフラッシュ用トリガコイルの構造を説明し、「2次コイル4は相当の高圧を発生するため、各端子5、6、7相互間及びこれら端子とコイル3、4との間を余り接近させることができず、従って全体の構造を小型化することは極めて難かしい。」(同33ないし37行)とその欠点を指摘したうえ、「本考案の目的は斯かる欠点を除去し、全体の構造を相当程度小型化することができ且つ電気的性能も従来のものに比べて優れた上述した種類のエレクトリックフラッシュ用トリガコイルを得んとするにある。(同38ないし42行)とし、「本考案トリガコイルは固有抵抗が高く、500KC/S前後の周波数範囲に於いて損失の少ない棒状フエライトコアに1次コイル及び2次コイルを絶縁材料製ボビンを介挿せずに巻回し、高圧端子及び低圧端子を前記フエライトコアの両端にあけた孔内に埋込んだことを特徴とする。」(同43行ないし第1頁右欄5行目)と本件考案の目的及びその構成の特徴を記述している。次いで、本件考案の具体的実施例を説明する次の①ないし③の記載があり、最後にまとめとして、本件考案の作用効果を説明する④の記載を置いていることが、また、添附図面の第1図には、前記説明にかかる従前のエレクトリックフラッシュ用トリガコイルが、第2図には本件考案の実施例が示されていることが認められる。

①「本考案トリガコイルは第2図に示す様に、長さ約10mm、直径約3mmの棒状フエライト2に単巻型低圧1次コイル3を巻き、更にその上に蜂の巣型高圧2次コイル4を巻く。本考案によれば固有抵抗が高く、450~550KC/Sの周波数範囲に於いて損失が小さく、周波数特性がほぼ平坦な高周波用フエライトコア2を用いる。……本考案によれば斯かるフエライトコア2を用いるため、第1図に示す従来のトリガコイルの様に絶縁材料製ボビン1を必要としないで、1次コイル3及び2次コイル4をフエライトコア2上に直接巻回することができるフエライトコア2の両端に孔をあけ、その内に高圧端子5及び低圧端子6を埋込む。」(公報第1頁右欄7ないし22行)

②「本例トリガコイルでは1次コイル3を11巻回し2次コイル4を600巻回する。例えば1次コイル3に180Vの電圧を加えた場合、2次コイル4に約500KC/Sの周波数で3000~5000Vのトリガ電圧を発生させることができる。斯かるトリガ電圧によればクセノン閃光管を極めて満足に放電させることができる。」(同29ないし35行)

③「上述した本考案トリガコイルによれば、固有抵抗の高いフエライトコア2を用いるため、その上に1次コイル3及び2次コイル4を直接巻回することができるため、これらコイル相互間の磁気結合係数が大きくなり、1次コイル巻回数対2次コイル巻回数の比を、従来のものより10%程度小さくしても同様の性能が得られる。又高圧端子5と低圧端子6との間及び高圧端子5とコイル3、4との間の絶縁も十分満足なものであり、絶縁材料製ボビンを必要としないから、全体の構造も従来のものに比べ1/3程度に小型化することができる。」(同36行ないし第2頁左欄3行)

2 弁論の全趣旨によれば、エレクトリックフラッシュ用トリガコイル(以下「トリガコイル」という。)においては、主に1次コイルの表面を平滑化して2次コイルの落ち込みを防ぎ2次コイルを巻きやすくするために、本件考案の出願前から紙テープや絶縁テープを1次コイルと2次コイルの間に介挿させるのが通常であったことが認められ、かつ前掲甲第2号証によれば、本件明細書の詳細な説明の既知のトリガコイルの説明中にも、本件考案及びその実施例の説明中にも、1次コイルと2次コイル間の介挿物に関して触れた記載はなく、添附図面においても、1次コイルは間隔をおいて巻回され(実施例においては11巻)、1次コイルの巻幅よりも幅の広い2次コイルが設けられているに拘らず、1次コイルと2次コイル間の介挿物の記載がないことが認められることからすれば、本件考案は1次コイルと2次コイル間の介挿物に関しては右の通常の手段を採用することを当然の前提としているものと解される。

3 成立に争いのない乙第9、第10号証によれば、本件考案の登録出願前に、端子を設けないタイプのトリガコイルがあったことが,成立に争いのない乙第2号証によれば、トリガコイルにおいて、コアと1次コイルの間隔を小さくすればするほど磁気結合係数は大きくなり、電気的性能が向上することが、それぞれ認められる。

4 上1ないし3の事実からすると、本件考案は端子を取り付けるタイプのトリガコイルに関する考案であって、その目的はトリガコイルの全体としての構造を小型化することとその電気的性能を優れたものとすることにあるが、本件考案は、この目的を達成するための技術上の解決課題として、従来の端子付のトリガコイルを小型化する場合に生ずる高圧端子と低圧端子間、右各端子と1次コイル、2次コイル間に発生する絶縁破壊をどうすれば防止することができるか、という点をとらえ、右課題を解決する手段として、固有抵抗の高いフエライトコアを採用し、これによって、従来の固有抵抗が低いフエライトコアを用いていた場合にはコアと1次コイル間に電気絶縁をはかるために(巻線の便宜のためでもあるが)介在させる必要があった絶縁材料製ボビンを取り除いて1次コイルをフエライトコアに直接巻回することを可能とし、かつフエライトコアの一端に高圧端子を、他端に低圧端子を埋込んで固定するという手段を採用し、これによって、従来のトリガコイルにおいては高圧端子と低圧端子間、右各端子と1次コイル、2次コイル間の絶縁破壊を避けるために必要とされていた端子を取り付けるフランジ部のある絶縁材料製ボビンを用いずに、上絶縁破壊を避けることを可能とし、もって小型化及び電気的性能という目的を達したものと解するのが相当である。

被告は、従来技術において解決を要したのはコアと高電圧を生ずる2次コイル間及び1次コイルと2次コイル間の絶縁破壊の問題であって、コアと1次コイル間の絶縁破壊の問題ではない、とし、その理由として、本件考案の出願当時にトリガコイルの1次コイルに用いられていたのは通常ポリウレタン銅線であり、その破壊電圧は300Vないし350Vであり、コアが導電性のものであっても、1次コイルに低電圧(本件考案の実施例においては180V)が加わるだけでは絶縁破壊は生じないのであって、コアと1次コイル間には特別の絶縁対策はもともと不要であり問題となり得ない性質のものである、旨主張している。

しかしながら、コアの固有抵抗が低い場合には、コアが導電性をもつから、1次コイルの絶縁破壊の絶縁強度が被告主張のようなものであったとしても、被膜にピンホールがあったり、硬度の高いコアに接触して被膜が損傷を受けた場合には絶縁破壊を生じるおそれがあり、こうしたことから通常、絶縁破壊に対して安全にするためコアと1次コイルとの間に絶縁材料製ボビンを介挿していたものと推認される。これに対し、コアと2次コイルとの間では、前記認定のように1次コイルと2次コイルの間には絶縁テープ等を介挿するのが通常であって、2次コイルがコアに直接接するようなことはなく、また、被告が主張するように、1次コイルと2次コイルの間で絶縁破壊をおこす可能性についても考えても、本件考案の実施例に則し、仮に、1次コイルを一層11回巻回し、2次コイルを一層40回で15層巻回するとし、1次コイルに180Vの電圧を加えた場合、一層内の最大電圧差は、1次コイルが180V、2次コイルが200Vないし333Vであることは明らかであって、1次コイルの電圧差に比較して2次コイルの電圧差が格段に大きいとも言えず、しかも、接触するいずれのコイルも絶縁被覆がなされていることからすれば、2次コイルの内部の層におけると同様に被覆に損傷を生ずる可能性は、硬度の高いコアに直接接する場合よりは少なく、仮に、被覆にピンホールがあったり、巻線の際に被覆が損傷を生ける場合があるとしても、そのピンホールや損傷個所が接触する被覆銅線双方のその接触点に存在する可能性は極めて小さいから特に1次コイルと2次コイル間を絶縁する必要はでてこないのである。よって、被告の上主張はとりえない。

以上のことからすれば、本件考案の構成要件(b)にいう「フエライトコアに1次コイル及び2次コイルを絶縁材料製ボビンを介挿せずに巻回する」とは、フエライトコアと1次コイルの間に絶縁材料製ボビンを介挿しないで、1次コイルと2次コイルを巻回する、という構成をいうものと解するのが相当である。

一方、被告各製品においては、コアと1次コイル間には絶縁材料製ボビンは介挿されておらず、1次コイルと2次コイル間に紙ボビン(被告(1)製品ないし(3)製品)あるいは鍔つき合成樹脂性ボビン(被告(4)製品)が介挿されているが、上各ボビンは、いずれも2次コイルの巻回の便宜上従来から慣用されていた絶縁テープ等を使用する手段の延長線上にあるもので、本件考案との対比上これを無視することができるものである。

したがって、被告各製品の構成(b)'は構成要件(b)を充足する。

よって、被告各製品は、いずれも、本件考案の技術的範囲に属するものと認められる。

5 以上のとおりであるから、被告が被告製品を製造販売した行為は、本件考案の実施行為に当たり、被告が原告の許諾なく上行為をしたことにより(このことは弁論の全趣旨により認められる。)、被告は実施料相当額の利得を得、これがために原告は同額の損失を被ったというべきである。

6 被告が昭和44年1月1日から同53年12月末日までの各年度ごとに、別紙目録(5)の製造販売個数欄記載の数量の被告(1)、(3)、(4)製品を製造販売し、各年度ごとに同目録売上額欄記載の売上額をえたことは当事者間に争いがない(被告(2)製品については製造販売個数、単価、売上額の主張がない。なお、同目録の被告製品(4)の昭和51年度の売上額欄の記載は18,553,158(円)となっているが、これは18,553,106円(710,847個×26円10銭、円未満切捨)の誤記と認められる。)。

成立に争いのない甲第1号証によれば、原告は昭和51年7月26日訴外大嶋無線株式会社との間で本件考案につき範囲を全部とする通常実施権の設定契約を締結し、その実施料を製品1個につき90銭とする旨約定していることが認められる。そして、上製品の価格がいくらであるかを認めるに足る証拠はないが、右実施料を被告(1)、(3)、(4)製品の単価(25円30銭ないし30円)に照らし合わせると実施料率は3ないし3.6パーセントに相当することになる。また、成立に争いのない甲第8号証及び乙第16号証によると静電写真装置の実施料率としては3パーセントないし5パーセントが通常であることが認められ、これらの事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件考案の実施に対する実施料率としては、原告が主張するように販売価格の5パーセントとすることはやや高きに失し、4パーセントをもって相当と認めるべきである。

そうすると、被告(1)、(3)、(4)製品についての実施料相当額は、前記当事者間に争いのない別紙目録(5)の被告(1)、(3)、(4)製品の各年度の売上額に前記実施料率4パーセントを乗じて得られる額(被告(1)製品については、昭和44年度13万8439円、同45年度57万7426円、同46年度80万4944円、同47年度73万4851円、同48年度1万5680円、被告(3)製品については、昭和50年度84万6072円、同51年度91万9836円、同52年度47万880円、同53年度6万2400円、被告(4)製品については、昭和50年度19万112円、同51年度74万2124円、同52年度48万5760円、同53年度15万383円、いずれも円未満切捨て)の合計額613万8907円ということになる。

7 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、不当利得の返還として613万8907円及びこれに対する原告が返還請求をした訴状送達の日の後である昭和54年1月1日から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却する(原告不当利得返還請求と選択的に求めている不法行為に基づく損害賠償請求については、その損害額の算定根拠である実施料率は前記認定の4パーセントと認めるのが相当であり、そうとすると、消滅時効の抗弁についての判断に立ち至るまでもなく、その損害額の合計は上に認定した不当利得額を超えることはできず、したがって、損害賠償請求権に基づく上不当利得返還請求の認容部分を超える請求部分も理由がない。)。よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第89条、第92条但書、仮執行の宣言について同法第196条を適用して、主文のとおり判決する。

(牧野利秋 裁判官 川島貴志郎 同大橋寛明は転補の為署名押印できない。牧野利秋)

〈以下省略〉

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